鏡の中で暮らしてたらゲーム卒業してた
プレイステーション3が欲しかった。
ゲーム機である。
発売は2006年。ときあたかも爆発的ヒットとなった任天堂のゲーム機「Wii(ウィー)」とほぼ同時に現れ、現れたはいいけど、Wiiの影に隠れるかたちとなってしまい、あんまし話題になんなかった悲運の機種だ。
買ってあげたい。
って、なんで上から目線なんだって話だが、このプレイステーションのシリーズは、初代機の登場もすごかったがそれに続く「プレイステーション2」への進化もすばらしく、2世代つづけてヒットした。ところが「3」は、あんまし、そんなに、んーこれどこ変わったのう? 的な、マニア以外にはいまひとつ訴求力に欠ける商品だった。「プレステ2あればいいじゃん」的な。
買ってあげたい。
おれ、マニアなんで。
でもプレステ2あるし、買ったばかりのWiiもあるし。うん。とうぶん、いらんわ。となった。
いっぽうそのころ、クローン病はいちばん苦しい「底」に向かい始めていた。ぱぱっと治しちゃおうと思っていた計画は大幅に外れ、さんざん書いたとおり毎日38度の熱、30回から40回の下痢、おしりに5つの穴があいてウミが流れ激痛で座ることもできず、ほぼ寝たきりになった。
本を読んでも頭に入ってこないので、ぼーっとテレビを見ているしかない。かすかに元気なとき、とっくに飽きたWiiをいじるくらいしか、まったくもって楽しみがなかった。
プレイステーション3を買いたい。いまこそ。
しかし、クローン病も底なら、貯金も底をついていた。
さんざん書いたとおり漢方薬どころか日々の食費に困っていた。どこをどう削れば生活できるだろう。
娯楽費なんて真っ先に全切りしている。
ゲーム機はおろか、マンガ本も買えない。レンタルすらできない。ああ、「ジョジョ」の続きはどうなっているのだろう。「キングダム」はどのへんまで話が進んだのか。読みてぇ。
「よし。漢方薬が買えるようになったら、マンガをレンタルしよう。そしてプレイステーション3を買ってやる……ッ」
病気は治らなかった。ますますひどくなっていく。
金欠もおさまらない。貯金はゼロどころかマイナスに。
読者さんがじりじり減る。
もとから友達がいないのに引きこもっているから完全に「ぼっち」。
遠ざかっていく。何もかも。
わたしはクローン病を治すなんて言っているけど、もしかしてこのまま一生終わるのではないか。好転することもないまま死ぬのではないか。プレステ3も買えないまま。マンガの続きも読めないまま。
いやいや。悩んだところで結果が変わるわけでない未来をクヨクヨ悩むほど意味のない、むだなエネルギーの使いかたはない。そんな余力はない。治る方向で生きていく。それはしている。だったら、治るときは治る。治らんときは治らん。これでいい。
そうこうしているうちに、なんと「プレイステーション4」が発売された。2014年のことである。
おいおい。まだ「3」買ってねぇよ。てか、これは、「3」を買わなくてよかった、ってことじゃあないのか?
そしてWiiも、後継機種「Wii U(ウィーユー)」が発売され、もちろん買えずにいたが、なんと新機種「ニンテンドーswitch(スイッチ)」が出た。
「よし。治ったら、プレステ4とswitchを買ってやる……ッ」
だが貧乏は解消されない。難病も改善しない。
そして知ってのとおり(知らねぇか)、2020年、プレイステーション5が発売された。
え。
このころだ。なんだか、心に変化が起きてきたのは。
わたしを置いて、世界は勝手にやっている。わたしのことなんか知らないで、どんどん動いている。わたしが鏡の中から出られないのを知らないで、鏡の外の世界は、そのことにまったく気がつかず、気づこうともせず、意に介そうともせず、知ったこっちゃないと回っている。
これ、ついていかなくていいんじゃね?
むこうがこっちを気にしてないのに、別にこっちだって気にしてやる必要はない。
そもそもおれ本当にプレステ3が欲しかったのか?
「欲しいだろ、欲しいだろ」
そう言われてその気にさせられていた。
ゲーム機だけでない。わたしはスマホも買えず、とっくに買い換え時期をすぎている6年前の格安スマホを使っているが、長いトイレのつれづれに、そのスマホで最新機種のスマホをチェックしている。あっこれいいな。おっこれすごいな。買い換えはこれにしようかな。
1年後、さらに新機種が出て、性能が上がっている。あぶねえ、あれ買わなくてよかった。お金ができたらこれに換えよう。
お金ができず、また1年後、さらに性能が上がった新機種が出ている。その1年後も。そのまた1年後も。
もうどおぉぉぉぉぉでもいいぃぃぃだろこれ。
なんか、さ。バカ。だったよね。おれ。
おれ何がしたかったの?
何が欲しいの?
本当に欲しいの?
買わないでいたらぜんぜん何の問題もなく生きてこれてしまった。
なんだよ。そういうことかよ。
つまりわたしは欲に動かされているだけなのだ。わたしに欲望がある、のではなく、わたしが欲なのだ。欲がわたしなのだ。
火は火であるかぎり何を投げこんでやっても、より大きくなることはあってもおさまることはない。
欲がわたしである以上、何を買ったところで満たされることはない。なのに、あれを買ったら満ちるだろうか、これを手に入れれば気がすむだろうかと火に火をくべている。
あほらし。もういい。
それよりも、こんなアホが、きょうもいちにち、パンを食べて、生きながらえることができる。こんなしあわせがあるか。ほかに何を望むものがあるか。合掌。
治ってもよし、治らんでもよし。
お金があってもよし、お金がなくてもよし。
このころから治り始めたのである。
で、ほぼ治ったいま、さあ! プレステ5を……ッ。
いらん。
超いらん。
ジョジョとキングダムも、うん、これは、まったくこういうのに興味を示さなくなっても情報発信のセンスが磨かれなくなるから読むか、レンタルで。でももう、そのていどの興味。
まさかわたしがマンガもゲームも卒業する日が来るとはおもわなかった。
だがここで注意である。「欲は不要」なのではない。むしろ、わたしは欲、欲がわたしである以上、欲がなくなったらわたしがなくなる。何にもいらないが、何にもいらなくなったら腑抜けである。ではどうする。
つづく
◆編集後記
スマホは1円の新品買いました(笑)。超じゅうぶん。